2013年10月03日

医療費高騰を読み解く4つの視点

アメリカの医療費はなぜ高い? Vol.2

大内 啓
North Shore - LIJ Health System 救急医学・内科レジデント

 私は救急科と内科の両方を専門としている、アメリカでは数少ない医療者です。急患受け入れから入院治療、退院を経て外来につなぐまでの一連の医療の流れを自分の目で見届けることができる立場にあります。

 前回の結びでは、「アメリカの医療費はなぜ高い?」という問題は何か一つの理由を挙げて説明できるようなものではなく、様々な原因が複合的に絡み合っていると述べました。今回は、私の立場から見て、その原因と考えられるものをいくつかひも解いてみたいと思います。

1.ビジネスの論理で動く保険会社と医療機関
 よく言われることではありますが、アメリカの医療者の目から日本の医療を見て、最も驚かされるのは公的医療保険制度の手厚さです。世界最長寿を誇る日本での保険料の安さや無保険者の少なさはアメリカとは桁違いで、関係者に心からの敬意を払わずにはいられません。

 一方のアメリカでは、メディケイド/メディケアという最低限の公的医療保険制度を除けば、基本的には民間企業(非営利組織を含む)が医療保険の多くの部分を担っています(※)。そのため、医療保険に対して「まさかの時に国民が国に助けてもらえる制度」といった印象はなく、自動車保険のように「たくさんの加入者の間でリスクを共有するシステム」といった位置付けです。

 営利組織の保険会社としては、発病リスクの低い人をできるだけ多く加入させ、保険支払額をできるだけ抑えることで利益を上げようとします。程度の違いこそあれ、非営利組織の保険会社も同じようなビジネスモデルに則っています。組織を維持していくためには、加入者の発病によるコストを将来にわたって保障できる資本準備金が必要になるからです[1]。

 例えば、医療費が高額となりそうな人については、保険会社が保険契約を拒んだり支払いを却下したりする場合もあります。このような人は、低所得にして公的保険を持つか無保険者になる以外に道がなくなり、予防を含めて医療サービスの提供を受けにくくなります。結果、重症化してアメリカの国民医療費を引き上げる要因となるわけです。こうして比較的健康な加入者を集めた保険会社は、「医療費の高さ」を盾に保険料を毎年引き上げています。医療費が高額なのは事実ですが、その中で保険会社は“いいとこ取り”をして利益を上げているようにも見えます。

 「できるだけ医療費を抑える」という保険会社の経営姿勢は、確かに「無駄や浪費を防ぐ」という観点からは妥当なのかもしれません。しかし、現場の診療でしばしば足枷(あしかせ)になっていることも事実です。例えば、「患者が頭痛を訴えるので何か異常がないかMRIで調べてみよう」と思っても、保険会社からは「エビデンスに基づかないMRIの使用には、お支払いできません」という答えが返ってきます。保険会社にとって、MRIを1回「許可しない」ことで生じる“利益”(支出を抑えることによるコスト削減効果)は約2000ドル(ニューヨーク州平均)になるそうです[2]。

 コストうんぬんを別にしても、「そんな理由でMRIを適用すべきではない」と考える医師もたくさんいます。しかし、同じような頭痛の患者をMRIで調べ続ければ深刻な問題が見つかることもあるし、何もないなら安心することができます。これを一律に無駄として切り捨ててしまうと、医療に直接的には無関係な保険会社が医師と患者の関係を壊すことにもなり、医師も自分が信じる医療を行うことができない場合があります。

 特に営利組織の保険会社が「利益を上げて株主への還元」を目指すことは、診療にひずみをもたらしかねません。また、医療現場では保険会社とのやり取りのために膨大な事務作業が必要になり、そのためのスタッフを雇用することで医療コストが押し上げられる側面も無視できません。

 医療機関の側にも問題はあって、例えば医療コストの設定には驚かされます。保険会社と同じく医療機関にも、公的機関(例えばVeterans Affair病院)、非営利機関、そして営利機関の別があります。非営利医療機関 の方が適切なコストで適切なサービスを提供しているという構図も、保険会社の場合と同様です[4、5]。

 ところが、こうした運営主体の別とは無関係に、医療費 (医師の治療報酬のほか、入院や検査、看護などのために患者が支払う費用)の請求額には医療機関によって大きな差があることが指摘されるようになりました。例えば、最近Centers for Medicare and Medicaid Services(CMS)が発表した資料によると、同じ大腸内視鏡検査でも医療機関によって医療費請求額は数倍の差があるようです[6]。

 また、全く同じ検査でも、患者の保険の種類などによって医療費請求額に大きな差が出てくるといいます(他国と比較すると、大きな差が浮き彫りとなって愕然とします)[7]。この請求額は、公的保険加入者が最も低く(加入者数が多いため、医療機関と交渉して最も大きな割引が受けられる)、次に民間保険加入者、最後に無保険者となる傾向があります。無保険者は個人で医療機関と交渉しなければならず、割引がないからです。

 さらに、医療費請求書の書式が患者を混乱させています。書かれ方がとてもあいまいで、その医療機関で何に対していくら設定されているか、簡単に分からないようになっているのです。医療費の標準価格に該当するものが公に存在しない不透明さは、他の業界では考えにくいと問題視されています[8]。

 このように、保険会社と医療機関の不透明なビジネスモデルには大きな問題があると私は感じます。同時に、そうしたシステムに医師として必然的に加担してしまっている現実も痛感します。

2.fee for service payment model
 アメリカの診療報酬制度が日本のそれと大きく異なる点は、1件ごとの請求額もさることながら、請求額を設定するシステムにあると思います。請求額のベースとなる診療報酬 (relative value unit;RVU)の決定権は、アメリカにおいてはアメリカ医師会(American Medical Association;AMA)が一手に握っていると言っても過言ではありません。

 AMAには20人弱の医師で構成された「診療報酬額設定委員会(relative value update committee)」が置かれており、彼らが決めた診療報酬の件数の89%ほどが、CMSが支払う報酬額として認められています[9]。この委員会は匿名制のため、どのような専門を持つ医師がメンバーとなっているかは不明ですが、アメリカではCMSが設定した報酬額に基づいて保険会社が支払額を設定するので、事実上、一握りの医師たちがアメリカ全土に号令をかけるという構図になっているわけです。

 診療に当たる医師としては、報酬額が高い医療行為を頻繁に行って収入を増やそうとするのは、ある種の必然ということになります。もちろん、エビデンスに基づいて患者のために利益がないと思われるものは避けられますが、まだはっきりとしたエビデンスがない医療行為で将来性がありそうなもの(例えば、ST上昇型心筋梗塞ではない虚血性心疾患疑い患者に対する心臓カテーテル検査など)は大いに活用され、高い報酬を得ています。

 このようなfee for service payment model(出来高払いの診療報酬モデル)は、どうしても医療費を押し上げるように作用している印象があります。その影響は、ダートマス大学の“The Dartmouth Atlas of Health Care”を見るとよく分かります。

 例えば、前立腺全摘出術の頻度を比べると、デラウェア州では約1000人中0.48人の頻度で行われていますが、ミネソタ州では約1000人に2.06人、つまり4倍以上の頻度で行われています(図1)[10]。生物学的に考えてミネソタ州では前立腺癌が起こりやすいということはないでしょうから、やはり医師のカルチャーや報酬額の違いが影響していると考えられます。同様の問題は様々な医療場面で見られ、ドキュメンタリー番組にも取り上げられて注目を浴びています[11]。

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【図1 前立腺全摘出術の州別頻度(メディケア加入男性1000人当たり、2010年) Reference(10)をもとに作成。】

 この「医療使用率」の多様性はとても複雑な問題です。例えば、アメリカでは州や都市によって保険加入者の保険の種類の割合が違っており、保険の種類によって医療機関や医師に対しての報酬率もバラバラです。このことも、「医療使用率」の多様性に関与しているかもしれません。

 前述した前立腺全摘出術についてこの観点から推測してみると、ミネソタ州では診療報酬の高い民間保険に加入する患者がデラウェア州に比べて多いのかもしれません。「手術の報酬が多く入る→医療機関や医師の報酬が高くなる→手術を勧める」という構図です。あるいは、公的保険加入者の数が同じでも、ミネソタ州では出来高払いタイプの割合がそうでないタイプの割合を上回っているのかもしれません。同じような問題は、冠動脈造影などについても指摘されています。公的保険でも、出来高払いタイプの加入者の方が冠動脈造影を受けた人数は多くなっているのです[12]。

 医師が患者に最適な医療を提供する結果として「医療使用率」の多様性が生じるのならいいのですが、今のアメリカでは単に診療報酬額にリンクしているだけのように思えて仕方ない。というのが、私の正直な感想です。

3.tort system and defensive medicine
 われわれ医師は、医学部教育や臨床研修を通して「どのような治療・検査がエビデンスに基づいており、人の命を救うことにつながるか」ということをたたき込まれてきました。それなのに、自身や周りの臨床医による実際の医療行為は時に患者のためになっておらず、単にコストの浪費で終わるということも少なくありません。その理由はtort system(医療訴訟システム)とそれによるdefensive medicine(防衛医療)に求められると考える医療者が多いように思います。

 例えば、うちの病院でこんな話がありました。ER勤務のM医師が頭痛を訴える若い女性を診察したとき、身体的検査では何も異常が認められず、言葉が通じなかったので通訳電話を介しても詳しい問診をすることはできず、CTを撮ろうか撮るまいか、ずいぶん迷ったそうです。エビデンスとしては、このような状況でのCT撮影には意味がないとされているので、M医師は状況が変わればすぐに再受診するよう説明した上で退院させました。

 数日後、彼女は痙攣を起こしてERに担ぎ込まれ、CT撮影の結果、脳嚢虫症であることが判明しました。彼女は、初診時に適切に診断されなかったため軽度の神経障害が残ったことを理由に訴訟を起こし、M医師には訴訟保険会社から50万ドルの保険金が支払われました。

 このようなことがあるので、「判断に迷うケースでは自己防衛のためにCTを撮ってしまおう」と考える医師は少なくありません。むやみなCT撮影は患者の被曝や医療コストを考えれば避けるべきで、それは医師もよく分かっているのです。ただ、日本とはケタ違いに訴訟が多いアメリカでは、普通に医師をしていても、誰もが定年するまでに一度は経験するのが当たり前と言われ、いったん訴訟の当事者になると多くの時間的・金銭的コストを強いられます。特にERにおいて、たとえ患者のリスクが低くても必要以上の検査をして致死疾患を除外することが、“保身”につながるというのが現実なのです。

 同じアメリカの内科医から「そこまでしなくても」と言われるケースがあるくらい、ハイリスクな患者を内科よりも多く診るERでは普通のことになっているのです。このようなdefensive medicineもアメリカの医療費が高騰する理由の一つだとされています。実際にどれくらいの影響があるのか、明らかになってはいませんが。

4.EMTALA
 アメリカの医療費を押し上げる要因としてしばしば挙がるのが、EMTALA(Emergency Medical Treatment and Active Labor Act)という法律の存在です。そして、この法律はアメリカのER医の超多忙な状況にも大きく関係しています。うちのERは都心にあるわけではありませんが、年間約13万人の患者を診ています。このような混雑が起こるのは、アメリカのERでは、どんなリスクの患者がいつ受診しようと医療者側が診療を拒否することができないとEMTALAが定めていて、誰もが(特に無保険者が)気軽に訪れるからです。

 患者側から見れば、EMTALAのおかげで「受け入れ先が見つかりません」という状況が起こらないという意味では、良いことでしょう。ところが、かかりつけ医より運営コストがかかるERに、あまりにもたくさんの「救急的処置を必要としない患者」が押し寄せることが、アメリカ全体の医療費に影響を及ぼしているという見方があります。一部のワシントンの政治家たちがERコスト削減を主張する論拠でもあります。

 当然のことながら、ER医療のコストは一般内科に比べて高くなります。ERを訪れる患者は一般市民よりハイリスクであり、実際のところ診断される半数以上が「早急に治療が必要とされる疾患」です。それに対応するためスタッフが24時間常駐していますし、相応の設備を整え、すべての領域の専門医を緊急呼び出しシステムで動員できる体制を作っておく必要があるからです。

 確かに、ERを受診する患者は場所によっては無保険者(または公的保険者)ばかりであるため、それが「救急処置が必要ない患者」だったり「プライマリケアの対象とすべき患者」だったりすると、税金が無駄に使われているような気がするかもしれません。しかし、実際はアメリカの医療に占めるERコストの割合は1.9%に過ぎません[13]。

 ただし、ERを経て入院する無保険者までを考慮すると、話が多少違ってきます。EMTALAがあるため、こうした無保険者の入院費用は病院側の持ち出しになってしまう現状があり、その莫大なコストが結局は国民医療費を跳ね上げる一因になるからです。

 いずれにせよ、アメリカの医療費は多くの社会的理由からとても高額になっています。特に有保険者の一般市民が「なぜ、こんなに高いのだろう?」と不可解に思うのは当然ですが、その本当の理由を理解するのはなかなか難しいでしょう。前回紹介したマリアのような移民問題とEMTALA、ビジネスの論理で動く保険会社と医療機関、fee for service payment model、そしてtort system/defensive medicineといった要素が複雑に絡み合って現状を招いているからです。

 私個人としては、困窮した患者に救いの手を差し伸べるアメリカの移民医療やEMTALAは、問題をはらみつつも、大枠としてはアメリカ国民が誇るべき税金の使い方であるという気がしているのですが…。

※ アメリカの民間医療保険のシェアは、約61%を非営利組織の保険会社が占めている。営利組織の保険会社に比べて保険適用の範囲に違いがあり、患者満足度を比べると非営利組織の方が高いという報告がある[3]。

【References】
1)ALLIANCE FOR ADVANCING NONPROFIT HEALTH CARE:If Nonprofit Doesn’t Mean “NO Profit,” How Much is Enough in Health Care?,REPRINT OF INQUIRY ARTICLE VOLUME42,FALL 2005.
2)New Choice Health:MRI Cost and MRI Procedures Information.
http://www.newchoicehealth.com/MRI-Cost/
3)Catherine New:Best Health Care Brands Are Nonprofit:Survey,The Huffington Post,Sep 24,2012.
http://www.huffingtonpost.com/2012/09/24/best-health-care-brands-are-nonprofit_n_1910733.html
4)Jha AK,Orav EJ,Epstein AM:Low-quality,high-cost hospitals,mainly in South,care for sharply higher shares of elderly black,Hispanic,and medicaid patients.Health Aff(Millwood).2011 Oct;30(10):1904-11.
5)Horwitz,JR:Making profits and providing care:comparing nonprofit,for-profit,and government hospitals.Health Aff(Millwood).2005 May-Jun;24(3):790-801.
http://content.healthaffairs.org/content/24/3/790.abstract?sid=bb160f62-bdfe-411a-ba1b-6cce365820b7
6)Meier B,et al:Hospital Billing Varies Wildly,Government Data Shows,The New York Times,May 8,2013.
http://www.nytimes.com/2013/05/08/business/hospital-billing-varies-wildly-us-data-shows.html?pagewanted=all
7)Rosenthal E:The $2.7 Trillion Medical Bill―Colonoscopies Explain Why U.S.Leads the World in Health Expenditures,The New York Times,Jun 1,2013.
http://www.nytimes.com/2013/06/02/health/colonoscopies-explain-why-us-leads-the-world-in-health-expenditures.html?pagewanted=all
8)Brill S:Bitter Pill:Why Medical Bills Are Killing Us,Time Magazine,Mar 4,2013.
http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,2136864,00.html
9)Laugesen MJ,Wada R,Chen EM:In setting doctors' Medicare fees,CMS almost always accepts the relative value update panel's advice on work values.Health Aff(Millwood).2012 May;31(5):965-72.
10)The Dartmouth Atlas of Health Care:Inpatient Radical Prostatectomy Per 1,000 Male Medicare Enrollees Report.
http://www.dartmouthatlas.org/
11)Public Broadcasting Service(PBS):Money & Medicine,Sep 25,2012.
http://www.pbs.org/programs/money-medicine/
12)Matlock DD,et al:Geographic variation in cardiovascular procedure use among Medicare fee-for-service vs Medicare Advantage beneficiaries.JAMA.2013 Jul 10;310(2):155-62.
13)Agency for Healthcare Research and Quality(AHRQ):Medical Expenditure Panel Survey.
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