2013年11月12日

日本人は点滴がお好き?

寺川偉温
ファミリー・メディカル・プラクティス・ホーチミン内科医

 まだベトナムで働き始めて間もない頃のこと―。イギリス人の40歳代男性が下痢でやって来ました。「昨日は20回以上の下痢をして、今朝もまだ続いている。水分はなんとか摂れているものの、食事は摂れない」という訴えでした。

 身体所見ではひどい脱水の徴候は見られなかったものの、圧痛を伴う腹痛があり、本人も疲弊した様子でした。「この状況なら、点滴すれば症状はかなり楽になるだろう」と考えた私は、日本で診療していたときと同じ感覚で「じゃあ、点滴した方がいいでしょう」と伝えました。

 すると、その患者は大変驚いて「えっ、点滴?」と聞き返してきました。明らかに、点滴をするという医師の判断が意外だった様子。その反応を予期していなかった私も一瞬驚いたのですが、当時は話の流れをうまく変える英語力すらなく、その患者はそのまま点滴を受けることになりました。

文化が変われば、医療に対する考え方も変わる
 皆さんは、この状況で点滴をすべきだと思いますか? 後日、同僚のアメリカ人医師(ベトナムの前も中国で働いており、アジアでの長い診療経験を持っています)に相談してみたところ、笑いと共に返ってきた回答はこうでした。

 「アジア人は点滴が好き。点滴で調子が良くなると考えているから、『点滴を受けると治療をしてもらった』という気分になる」
 「欧米人は点滴が好きじゃない。点滴をするのは『点滴をしなければならないくらい病状がひどいから』というようにとらえている」
 「アジア人の中でも、特に日本人は点滴が好きだよね」

 この答えを聞いて、私はとても納得しました。そして、イギリス人男性を診察したときの反応が理解できました。点滴と言われて、彼は「自分はそんなに重症なのか?」と思ったのかもしれません。当たり前のことではありますが、文化に違いがあるのだから、医療の習慣、医療に対する考え方にも違いはあるわけです。それを理解できないと、良い診療はできません。

 「欧米人は点滴を好まない」というシンプルな事実が分かってからは、診察はスムーズでした。多少下痢がひどいようでも、明らかな脱水症状がなく、本人が「水分は摂れる」と主張するときは点滴はしていません。逆に、明らかに状況が悪いときは、本人も自覚しているのか、「点滴をした方がいい」と言うと素直に受け入れてくれることが多いのです。診察をする中で受ける印象ですが、欧米の人々は血液検査で針を刺すのは大丈夫だけれど、針を通して体内に薬を入れるというイメージを怖がっている(嫌がっている)という感じです。

 逆に日本人は、半日でも下痢が続いたら「何はともあれ、点滴してください」。当院で働く欧米人の医師もそのことを分かってきていて、「ああ、日本人の旅行者が下痢ね。点滴ね…」と、さらっと受け入れてくれます。

 「アジア人の点滴好き」というのは、面白い発見でした。確かに、ベトナム人も中国人もマレー系の人々も点滴に対する抵抗感は少なく、「点滴して楽になりたい。きっと楽になれるはず」という先入観を持っているように思います。ベトナム人のナースに聞くと、やはりベトナムにも“点滴信仰”のようなものがあり、ちょっと調子が悪いと近所の医師に電話して、診察も何もなく点滴をしてもらったりしているようです。東洋の思想や医療の伝統と、何か関係があるのでしょうか?

鎮静薬なしの大腸内視鏡に、医師も「何の罰なんだ?」
 よく聞く話ですが、欧米人は痛みに弱いです(アジア人と比較してですが)。我慢するくらいだったら、すぐに痛み止めを飲んでしまいます。アメリカで出版された“Caring for Patients from Different Cultures”という本では、文化的な違いから発生する医療現場での失敗事例などをいろいろと紹介する中で、「アジア人は痛みを訴えない。痛みを表現するのは恥ずべきことと考えている」「だから、痛み止めももらえずに我慢しているので注意しなさい」とまで記載されています。

 ちなみに私の印象では、最も痛みに敏感なのはラテンアメリカの人々です。普段から表現力豊かな彼らですから、ちょっとでも痛いとなると…。日本で診察していたときも、ブラジル人やペルー人の患者が叫ぶように痛がる様子に、「大げさだなあ」とナースと一緒に苦笑していたものでした。

 私はベトナムでも胃や大腸の内視鏡検査を行っているのですが、最初に大腸内視鏡を導入する際、医師たちのミーティングで小さなレクチャーをしました。その中で「大腸内視鏡の際の鎮静薬は何を使うのか?」という質問がありました。「日本では多くの病院で鎮静薬は使わずに大腸内視鏡を行っている」と説明したところ、ほとんどの医師が「信じられない!」「何の罰なんだ?」という反応でした。その反応に、むしろ私の方が驚いてしまいました。

 結局、欧米人の患者に対しては、ほとんどの場合で鎮静薬を使って内視鏡を行っています。鎮静薬なしに内視鏡検査を受けているのは日本人、韓国人、ベトナム人ぐらいです。

 もし、冒頭で紹介したイギリス人患者を今の私が診察したとすれば、「点滴しましょう」ではなく、「水分が摂れているなら、なるべく意図的に摂るようにしましょう。もし、水分が摂れなくなったり、薬を飲んでも改善がないようなら、また来てください。そのときには点滴が必要かもしれないです」と言うかもしれません。もっとも、この説明をきちんと英語でできるようになるには、ベトナムで診療を始めてから半年はかかったと思いますが。
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